東播磨の古刹 国宝鶴林寺に行ってきました。

先日、明姫幹線沿いの大型家電量販店の帰りに久しぶりに鶴林寺というお寺に寄ってきました。

我が街自慢の唯一の国宝のお寺。聖徳太子の創建と言われています。

当たり前の事ですが、創建当時は周囲は何もなかったでしょうけど、すぐ傍には住宅展示場やら結婚式場やらいろいろひしめいている街の中!!でも松林に囲まれててここはいたって静かです。

お寺の中に入ったのは、引っ越してきた頃の1回だけですが、お寺の傍には、周りに桜の木が並ぶ芝生公園や遊具があって、子どもが小さい頃はお弁当を作ってよく出かけました。

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正式名 新西國 第二十七番霊場刀田山鶴林寺(とたさん かくりんじ)

鳥羽天皇が「鶴林寺」の勅額を下賜し、寺名となった。
「鶴林」とは釈迦 涅槃の「沙羅双樹の林」を意味する。(HPより)

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堂々の仁王門

時折参拝者が出て来たり、入って行ったり!!

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仁王門の両側には立派な仁王さんが睨みを利かせてます!!

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久々に入ってみようかと思ったけど・・・。拝観料500円
ウ~ン・・・迷ったけど息子が車で待ってるし今回は外からだけ!!

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本堂 国宝です。室町時代 応永4年(1397年)建立

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太子堂 平安時代 天永3年(1112年) これも国宝!!木が邪魔して見えづらいけど・・・。

他にも、現存する常行堂(平安時代)、鐘楼(室町時代)、行者堂(室町時代)、護摩堂(室町時代)は重要文化財です。

鎌倉~室町時代は太子信仰が広まり、聖徳太子像、聖徳太子絵伝などが描かれました。
また、本堂の他に行者堂・鐘楼・仁王門・三重塔・護摩堂等次々に造営され、寺領は25,000石、境内は方24丁、僧坊は3百、奉仕する衛士は百余人、楽人は数十人であったと伝えられています。

その後、戦国時代には、播磨地域のお寺のほとんどは、信長の命による秀吉の焼き討ちに遭いました。
実行部隊は黒田官兵衛と言われてますが・・・。
鶴林寺は、信長に寺領を差し出す事で難を逃れたそうです。
しかし、江戸時代には幕府の政策で8カ坊、117石に激減、さらに明治維新の排仏棄釈など、時代の荒波に遭いながらも今に至っています。
(HP参照)

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三重塔 室町時代の創建。近年放火で一部損傷。1980年(昭和55年)の解体復元修理(HP参照)

スゴイのは建物だけではありません。
仏像、仏画、工芸品など多数が国指定重要文化財
他にも、県指定文化財、市指定文化財多数

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銅造聖観音立像(白鳳時代) 国指定重要文化財

別名「あいたた観音」の名で親しまれています。流れるような天衣がエレガンスですね。
(画像はHPからお借りしました


一見地味だし、身近過ぎて通り過ぎてしまう鶴林寺。
ちょっと久しぶりに立ち寄ったつもりでしたが、後からHPにアクセスしてみると、実はこんなにスゴイお寺だったんだと驚きでした。

初夏には「涅槃(ねはん)の樹」といわれる「沙羅」の木が花を咲かせ、「菩提樹」の木が境内中に芳香を漂わせるそうです。
その頃また出直そうと思います。
歳取ったせいでしょうか、神社仏閣に行くと落ち着くわ~。

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お寺のすぐ外にお地蔵さん。安産祈願と書いてありました。
後ろの木は“ナンジャモンジャ”の木。GWの頃に白い花を咲かせるそうです。

(最近地元の事よく書くので、知ってる人が読んだら住んでる街バレバレですね。









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