ポンコツ軽で九州へ!!<その20>中華街の名物チャンポンと踏んだり蹴ったりの長崎観光!!

小浜温泉の日本一長~い足湯でまったりした後、橘湾沿いを走って長崎観光の中心長崎市に向かいました。
市街地なので渋滞が心配だったけど途中から広いバイパスになっててスイスイ、すんなり市の中心部に到着です。

長崎市は、蔓延防止重点措置に加え県独自の緊急事態宣言中で、人気の観光スポットは全て閉鎖中でした。
コレは事前にネットで知ってて承知の上!!
遥か昔ですが、夫は高校の卒業旅行、私は小学生だった息子と来てて2回目なので、サクサクっと外観だけでもいいか!!・・・と言う事で!!

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到着したのはお昼過ぎだったので、まず中華街に直行!!

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正式名称は「長崎新地中華街」 神戸や横浜の中華街に比べ規模は小さ目です。

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近くの立体駐車場に車を停めて中に入ると閑散としています。
半分くらいは休業しているのではないでしょうか。

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前回は春休みで観光客で賑わってて、広場では長崎の伝統芸能である「龍踊り」(じゃおどり)が催され、好奇心旺盛な次男が飛び入り参加したんですよ。

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前回と同じ「江山楼」さんにリピートするつもりでしたが本店は休業中!
斜め前の小さめの支店は営業中だったので入りました。

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長崎と言えばチャンポン!!それに前回感動ものの美味しさだった角煮まんを!!
ここは、自分で挟みながら食べるスタイルなんです。
(食べてる途中の画像でごめんなさい!!

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路面電車と旧出島神学校(1878年(明治11年)に建てられた現存するわが国最古のキリスト教(プロテスタント)の神学校。)
後ろの山は夜景で有名な稲佐山です。

夫は復元された出島を見たいと言うけど、
出島は閉鎖中の上、前回復元途中で映画村みたいな張りぼてのイメージしかなかったので気が進みませんでした。

そして、すぐそこに見えてて歩いても行けるのに、駐車場から車を出してしまったのが、おバカミスの始まりでした。

次の駐車場が見つからずベイエリアをぐるぐる。結局、車の中から外観見ただけ!!
写真撮る気分にもなれず・・・。

次に向かった大浦天主堂~グラバー園一帯は長崎観光のメインエリアですが、もちろん閉鎖中。
前回、土産店が立ち並び大勢の観光客で賑わっていた坂道はゴーストタウンのよう!!

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国宝 大浦天主堂
前回の20年前は時を重ねて薄汚れた印象でしたが、2015年~2018年に修復工事を行い、真っ白な教会に蘇っていました。

開港間もない1864年、在留フランス人のために建立。当時「フランス寺」と呼ばれていた天主堂に珍しい西洋風の建物を一目見ようと、大勢の見物人が来ていました。その中に交じって浦上の潜伏キリシタンたちもやって来ていました。禁教令が敷かれた250年もの長い間、信仰を続けていた潜伏キリシタンの存在に神父は驚き、「信徒発見」と呼ばれています。

しかし、それは潜伏キリシタンの更なる悲劇を招きました。これは、次の<その21>で・・・。

ここで1枚写真を撮っただけで坂道を降りたほんの数分、シートベルトをするのを忘れてしまいました。気付いた時は後の祭り!!
運悪く若いお巡りさんに見つかってしまい、反則切符を切られてしまいました。

「すみません。規則ですから見逃すわけにはいきません。」
手続きの後、お巡りさんは、「楽しい旅を続けてくださいね。」
(楽しめるわけないやん!!
ただでさえ、どこへ行っても取り合えず“他所者”が来ないように閉鎖する行政のやり方にイラついていたので頭パンク!!

4年間無事故無違反で後1年でゴールドになるところだった夫はカンカン!!
でも私も、とにかく歩くのが嫌いで何がなんでもすぐ傍まで車で行こうとする夫に腹が立ち、とうとう口げんかになってしまいました。

自分のミスを棚に上げて、夫を攻めてしまって情けないですね。

ベイエリアで港を見ながらのティータイムを楽しみにしてたのに、すっかりその気が失せてしまい、最後に平和公園に向かいました。
切符を切られた場所からは6㎞ぐらい離れた浦上地区。
ここは、1945年8月9日の長崎原爆投下の爆心地です。

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平和祈念像

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長崎に来たらここは外してはいけませんね。

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長崎刑務所 浦上刑務支所跡
長崎刑務所浦上刑務支所は、爆心地より北へ最短約100m、最長約350mの地点(岡町)にあり、爆心地にもっとも近い公共の建物であった。
原爆投下により刑務所内にいた職員18名、官舎住居者35名、受刑者及び刑事被告人81名(うち中国人32名、朝鮮人13名)計134名全員が即死した。(案内板より)

クロバーが咲き乱れる芝生に並んだ焼け焦げた木片の数々。説明文を読まなかったら気づかない所でした。

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長崎の鐘
長崎原爆投下後33回忌に当たる昭和52年、原爆殉難者の冥福を祈り建立しました。

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旧ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)から寄付されたモニュメント

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鐘とモニュメントは向かいあっていました。
稲佐山は長崎市内どこからも見えました。
長崎同様いち早く開港した函館の函館山のよう・・・。

ポンコツ軽で九州へ!!<その21>潜伏キリシタンと爆心地から500mの悲劇 浦上天主堂・・・につづく

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